釧路地方裁判所網走支部 昭和54年(わ)97号 判決 1981年3月27日
被告人 小泉孝行
昭二三・一二・一四生 配管工
主文
被告人を禁錮一年六月に処する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、証人立石英雄(ただし、第三回公判出頭分のみ)、同山崎勉、同高野健一、同高橋浩、同高橋豊彦及び同前田敏彦に支給した分は被告人の負担とする。
理由
第一爆発事故
一 網走セントラルホテル増改築工事の概要等
1 株式会社林屋商店(本店所在地網走市南四条東三丁目、代表取締役林幸夫)は、その経営にかかる網走セントラルホテル(網走市南二条西三丁目所在)本館(鉄筋コンクリート六階)一階東側部分にレストランを新設するなどの増改築工事(電気設備工事、冷暖房給排水工事等付帯工事を含む。)計画に基づき、昭和五二年八月二四日、株式会社丸田組(本店所在地網走市南一条東一丁目、代表取締役丸田巌、以下単に丸田組と略記する。)に右増改築工事を、請負代金五、五〇〇万円、工事期間同年九月七日から同年一二月九日まで、翌一〇日引渡等の約定で請負わせた。
2 右工事を元請した丸田組は、さらに同工事のうち。空気調和設備工事関係(冷暖房、給排水、ガス配管工事を含む。以下本件空調設備工事という。)を東洋空気調和株式会社(本店所在地東京都新宿区西新宿一丁目二一番一号明宝ビル、代表取締役川村忠一郎、以下単に東洋空調と略記する。)に工事代金八五〇万円で請負わせたほか、左官工事関係を富士左官工業株式会社(本店所在地網走市南七条東一丁目、代表取締役森本茂樹、以下単に富士左官工業と略記する。)に、電気工事関係を株式会社道東電設(本店所在地網走市南六条東五丁目、代表取締役福島覚、以下単に道東電設と略記する。)に、下地内装工事関係を株式会社兼子(なお同社はさらに右工事を松浦板金株式会社(以下単に松浦板金と略記する。)に下請けさせた。)にその他部門別に関係業者にそれぞれ下請けさせた。
3 本件空調設備工事関係を請負つた東洋空調は、系列下の設備業者が既に他の工事を担当しており、これに同工事をさせることができなかつたことから、昭和四七年に右ホテルが新築された際に同ホテルのガス配管工事を含む空調設備工事を請負わせたことのあつた有限会社高橋配管工業所(本店所在地網走郡美幌町字東三条北三丁目三〇番地、代表取締役高橋豊彦、営業目的は暖冷房、給排水、ガス配管等設備工事等、以下高橋配管と略記する。)に本件空調設備工事を請負わせることとし、自社の網走地区駐在員として派遣していた高橋浩に対し、同工事の現場監督を命じた。
4 右のような経緯により本件空調設備工事を担当することになつた高橋配管では、同年一一月中旬ころから、右高橋浩の指図に基づき、網走セントラルホテルの現場に被告人をはじめとする自社の配管工を派遣し、高橋浩の監督下に同工事に従事させた。
5 網走セントラルホテルの右増改築工事における安全管理については、総括安全衛生責任者として株式会社丸田組建築部長八代栄二が、安全管理者として同社建築工事現場担当係小岩清治が、それぞれの任に当てられ、右両名において、複数業者の作業員が併行して従事する同ホテル増改築工事の監督等をしていた。
二 網走セントラルホテルのガス供給系統(別紙図二参照)
網走セントラルホテルでは、昭和五二年当時、六階レストラン厨房用にプロパンガスを使用しており、そのガス供給系統はほぼ次のとおりになつていた。
1 右ホテル一階南側面に接してプロパンガスのボンベ室があり(別紙図一参照)、同ボンベ室には、五〇キログラム入りプロパンガスボンベが左右対称に三本ずつ合計六本設置されているところ、その供給方法として通称液相ラインと気相ラインの二系統があり、平常は液相ラインによるガス供給がなされ、停電等の原因でこれが使用できない場合に限つて気相ラインによるガス供給がなされる仕組になつていた。
2 液相ラインの構造
液相ラインによるプロパンガス供給の仕組はほぼ次のとおりであつた。
プロパンガスボンベ中の液化ガスをサイフオン管によつて吸上げ(ガスボンベのバルブは赤色に塗られている。)、これを、液自動切替装置(左右に三本ずつ分かれたガスボンベ中のガスを、自動的に交互に使用し得るよう切替えるもの。)を経て(なお同装置に入る前の左右のガス管に各一個の手動バルブが付いている。)、一時間当たり一〇キログラムのガスを供給し得るように調整されたアロペットという強制気化器に送る。アロペツトに導びかれた液化ガスはまず周囲に電熱パイプヒーターが巻かれた熱交換器によつて摂氏約八〇度に加熱気化され、次に中圧調整器で圧力を中圧に下げられて、サーモバルブ、安全器を通りアロペットを出、さらに二段二次調整器で低圧(一平方センチメートル当たり一〇キログラムの圧力)に圧力調整される。この低圧に調整されたプロパンガスが、一時間当たり二〇キログラム以下のガスをガス燃焼器に送るよう調整されたV一〇メーター(これには気相ラインからのガスも入るようになつており、これらガスの流量を示すメーターが付属している。)を経て燃焼器に供給される。その際、停電等により右アロペツトの熱交換器の温度が下がり気化が十分行われず、あるいは、能力(一時間当たり一〇キログラムのガス供給)を超える量の液化ガスが流入し加熱不足になつたりした場合、液化ガスが気化されないままサーモバルブに流入し、そのため右バルブが閉じ、ガスの供給が自動的に停止され、その後右バルブと連動している安全器のつまみを人為的に引かなければ、再びガス供給されないような仕組になつている。
3 気相ラインの構造
気相ラインは、左右合計六本のプロパンガスボンベ中の上部に気化しているプロパンガスをサイフオン管によつて吸上げ(ガスボンベのバルブは青色に塗られている。)、単段調整器で供給量及び圧力を一定に調整し(圧力一平方センチメートル当たり一〇キログラムのガスを一時間当たり一〇キログラムの割合で供給し得るよう調整してある。ただし、最大供給量は、一時間当たり約一二・四キログラムになることがある。)、その後前記液相ラインと共用のV一〇メーターを経て、燃焼器に供給する仕組になつている。
4 右のようにしてV一〇メーターを出たプロパンガスは、右ボンベ室から右ホテル地下に構築されたピツト室を通り、同ホテル西側パイプシヤフト室を経て六階レストラン厨房に直結されたガス管内を通過して、同厨房のガス燃焼器に供給されていた。そして、右ボンベ室から六階厨房までの間に他のガス燃焼器に供給するための分岐配管設備は、本件工事前にはなかつた。
5 網走セントラルホテルでは、同ホテルのボイラーマンである立石英雄及び金兵忠雄が右プロパンガスの供給管理を担当し、その業務の一環として、右ガス器具故障などの際には、専門業者に連絡し、非常時にはガスボンベのバルブを閉鎖するなどの作業にも従事していた。
三 網走セントラルホテル地下ピツト室の構造
網走セントラルホテルの地下にはピツト室が構築されており(別紙図一参照)、右ピツト室は、幅一・五メートル、深さ一・五メートルの角型溝状のもの(その底部、両側壁、天盤共に鉄筋コンクリートで固められ、天盤の厚さ二五センチメートル、側板の厚さ一五センチメートル、天盤が同ホテル一階床コンクリートと兼用)で、同室内には前記ガス管のほか給湯管、汚水管等が通つている。これら配管の体積を控除した同室の体積は一二八・五五六立方メートルである。また、同ピツト室には一階に開口部が三箇所設けられており、その一つは同ホテル一階東側に新設中のレストラン西側前床面(同図<1>参照)に、他の二箇所は、同ホテル西側女子便所内(同図<2>参照)及び同ホテル西側事務所の北側(同図<3>参照)にそれぞれ設定されており、これらには平常ジユラルミン製の蓋がされていた。右レストラン前床面に設けられた右ピツト開口部の蓋の大きさは四五センチメートル四方のものであり、また、同ピツト室には、右開口部のほかに、エレベーター室との境壁に縦約二五センチメートル・横約三二センチメートル及び縦約二八センチメートル・横約五五センチメートルの二個の穴、パイプシヤフト室との境壁に直径約三二センチメートルの穴があいていたほか同所を貫く配管の周囲に若干の隙間があつただけで、右ピツト室は、いわば密閉されている状況の箱型構築物で他に外部と通じる箇所はなかつた。
四 プロパンガスの爆発可能性
網走セントラルホテルでは、当時、六階厨房で使用する燃料として、出光興産株式会社製及びブリジストン液化石油ガス株式会社製のプロパンガスを併用していたが、その主成分はいずれもプロパンである。プロパンガスは、常温、常圧においては気体であるが、わずかの加圧あるいは冷却により容易に液体になるのでこの性質を利用して一般の容器には加圧した状態即ち液化ガスとして充填されている。この液化ガスの水に対する比重は〇・五であり、従つて液化したプロパンガス一キログラム当たりの体積は二リツトルである。また、液化したプロパンガスは気化することによつてその体積を約二五〇倍に増大する。従つて、一キログラムの液化プロパンガスが気化すると約〇・五立方メートル(1kg×2l×250倍×1/1000m3)の体積のプロパンガス(気体)となる。そして、右気化ガスが火源に触れたとき燃焼(爆発)するのは同ガスが空気と混合して一定の濃度になつた場合であつて、この燃焼(爆発)するに至るガスの濃度には下限及び上限(両者を総称して「燃焼(爆発)限界」という。)があり、プロパンガスの場合二パーセントないし九・五パーセントである。
また、プロパンガス(気体)の空気に対する比重は約一・五であつて空気よりも重い。プロパンガスが空気と混合希釈し拡散する度合は、ガス放出口の高さ(高いほどよく混合希釈し、拡散される。)、付近の空気の流れや障害物の有無等の諸要素により大きな影響を受けるが、混合希釈したガスの比重は時間の経過により空気の比重に近づき、そのことによつて拡散される範囲が拡大する。ただし、密閉された場所では、自熱通気との混合が少ないため、ガスの室外への逸散はしにくく、長時間にわたつて一定濃度のガスが滞留することがあることももちろんである。
そして、燃焼(爆発)限界内の濃度のプロパンガスが火源に触れると、その燃焼(爆発)により瞬時のうちに燃焼(爆発)限界外のガスをも連鎖的に燃焼(爆発)させることにもなる。
第二被告人の経歴及び本件工事における職責
被告人は、網走郡美幌町字古梅に生まれ、昭和三八年三月中学校を卒業後約二年間同町内の時計店で修理工として稼働した後、昭和四〇年四月ころからは一貫して高橋配管(昭和四七年二月二四日有限会社になる。)で配管工として稼働し、本件工事の時点においては、同会社の配管工五名(被告人のほか、今野巌当時三五歳、伊藤博当時二七歳、山崎勉当時二一歳、阿部茂次当時一八歳)中最も経験を有する者として、工事における具体的作業の指示など、事実上他の配管工を指揮、監督する立場にあつた者である。
第三昭和五二年一二月二日の作業状況など
1 被告人は、昭和五二年一二月二日午前九時一五分ころ、前記高橋浩の前日からの指示により網走セントラルホテルのボイラーにバルブを取付ける等ガス配管を除く暖房設備切替、冷却水の配管工事を行う予定で前記高橋配管の配管工阿部茂次及び同山崎勉と共に自動車で同ホテルに赴き、暫時右作業にあたつたが、同日午前九時三〇分ころ、被告人は、同ホテル一階ボイラーマン控室で、高橋浩と相談のうえ、当日予定されていた水道を止めての給水管工事と併行して後日に予定していた同ホテル一階に新設されるレストラン厨房に、前記ガス配管から配管を分岐してガスを引くガス分岐配管工事(以下、単にガス分岐配管工事ということもある。)をすべく同室に居合わせた同ホテルボイラーマン立石英雄に同ホテル六階レストラン厨房の都合を確認させたところ、同日午前一〇時から、遅くても同日午後一時ころまでの間であればガスを止めても差支えない旨回答を得たことから、この間を利用してガス分岐配管工事をすることに決定した。そこで、被告人と高橋浩は、前記一階に新設中のレストラン西側前床面のピツト室の蓋を外して同ピツト内に入り、同ピツト室南側のガス配管状況を確認し、分岐配管をする箇所、その方法等を検討した後、右工事に使用するガス管等の資材を点検し、同日午前一〇時ころ、高橋浩において右資材を調達に行き、被告人は、立石英雄にガスの元栓を閉鎖するよう指示し、同人からさらに指示を受けた金兵忠雄において前記プロパンガスボンベ室へ行き、平常使用している液相ラインの元栓(液自動切換装置に入る前にある左右二つのバルブ)を閉鎖した。
2 高橋浩は、右資材を調達した後これを網走セントラルホテル西側の旧洗車場に運んだが、他の工事現場に赴く所要ができたことから立石英雄に対し、プロパンガスの開閉等被告人の行うガス分岐配管工事に協力を依頼して同ホテルを離れた。一方被告人は、前記阿部茂次と共にピツト室に入り、金鋸を用いて既存のガス管(直径六センチメートル)のソケツトとエルボ(いずれもガス管とガス管を接合するねじ込み式の金具)で接合されていた部分の中央部付近を切断し、右ソケツト及びエルボの部分を外して二本になつたガス管を右旧洗車場に搬出し、同ガス管をさらに切断し、高橋浩が置いていつた前記資材を用いてチーズ(三本のガス管を接合するねじ込み式の金具)、フランジ(二本のガス管をパツキングを入れ双方からボルトで締めて接合する金具)等を取り付ける組立作業をした。その際被告人は、阿部茂次に対しフランジに挾むパツキングを作らせたが、同人は正円形のフランジの外周と同一の大きさではなく、ボルト穴の内側に沿う大きさの円形パツキングを作つたが、右製作につきコンパスを持参していなかつたことから、代りにブリキ鋏を用いて円を描いたため、正円のパツキングが作れず、やや楕円形のパツキングを作つてしまつた。そして、被告人は、右のようにして組立てたガス管(昭和五五年押第一七号の1はその一部)をピツト室に搬入してピツト室内のガス配管に取り付けたが、フランジをボルトで接合するに当たり、阿部茂次から右楕円形のパツキングを受取り、これを、四本のボルト中一本を抜き取り、他の三本を緩めた状態のフランジの僅かな隙間に手探りで挿入し、ボルトを締めて接合作業を終えた。しかしながら、右パツキングは、その外周の一部とフランジの内周の一部との間に間隙が生じていたため、パツキングの用をなさずに後記のガス漏れを生ずる原因となつた。
3 その後被告人は、同ピツト室内で給水管の分岐配管工事をし、同日午後零時三〇分ころに、同日午前中に予定していた作業を終了し、既に正午を過ぎ空腹であつたことなどから右分岐配管したガス管からのガス漏れ検査は昼食後に行うことにしてボイラーマン控室へ行き、同所で立石英雄に対し、ガス分岐配管工事が終了し、ガスを通してもよい旨告げた(なお、当日午前中から業者が前記プロパンガスボンベのガスの充填状況を点検し、このころまでに右プロパンガスボンベの六本すべてがその業者により交換され、どのガスボンベにも五〇キログラムのプロパンガスが充填されている状態となつていた。)。
4 そこで立石英雄は、金兵忠雄に指示して同ホテル六階厨房にガスを通してよいかどうか確認させたうえ、同人にプロパンガスの元栓を開けさせた。しかし、同日午後零時四五分ころ、右厨房の調理師高野健一がボイラーマン控室を訪れ、金兵忠雄に対しガスが出ない旨告げたことから、金兵忠雄が直ちにボンベ室に行き調査したところ、アロペツトのサーモンバルブが閉じており、安全器のつまみを引いてもガスが出ず、ボイラーマン控室に戻つてその旨立石英雄に告げ、同日午後一時ころ、同人及び金兵が再びボンベ室に行きアロペツトを確認すると熱交換器の温度が摂氏一〇度位に下がつていた。そこで右両名は、ボイラーマン控室で、右熱交換器の温度の上がるのを約一五分間位待ち、立石英雄において安全器のつまみを引いたところ「シユーツ」とガスが流れる音がした。
5 そのころ、昼食から戻つた被告人は、午後の仕事の段取りのためエレベーターで五階に登つた際エレベーターの中でガスの臭いを感じたことから、午後に持ち越したガス漏れ検査を早々に実施すべく阿部茂次に石けん水を作らせ、同日午後一時二〇分ころ、ガスが供給されているか否かをボイラーマンに確認することなく、ガス分岐配管工事の際の接合部分一一か所に右石けん水を塗つて検査をしたが、この時点では既に前記サーモンバルブが働き、ガスの供給は停止されていたために何も異状は発見できなかつた。
6 同日午後一時三五分ころ、高野健一が再びガスが出ないと言つてボイラーマン控室に来たため、金兵忠雄が右高野健一と共にボンベ室へ行き前記サーモンバルブを確認したところ、これが閉じていたことから、金兵忠雄は気相ラインのバルブを開けた。これによつて、ガスは気相ラインを経て一時間当たり約一〇キログラムないし一二・四キログラムの割合で供給されるようになつた。
7 同日午後二時二五分ころ、高野健一が三度ガスが出ないとボイラーマン控室を訪れたことから、立石英雄金兵忠雄及び高野健一の三名がボンベ室に行きV一〇メーターを点検したところ、同メーターが回転しており、ガスが供給されていることを示していた。一方立石英雄は午前中被告人らに貸した作業燈を返してもらうべく、同ピツト内に頭を入れたところ、ガスの臭いを感じたことから、金兵忠雄にガスのバルブ全部を閉めさせ、ボイラー室に居た配管工の伊藤博(当日午前中、今野巌と共に、被告人らより遅れて網走セントラルホテルに到着し作業に従事していた。)と山崎勉に対し、ガス漏れの有無を確認するよう指示した。
8 そこで山崎勉は、伊藤博の指図もあつて同ホテル五階で冷房用配管工事に従事していた被告人のもとへ赴きその旨を伝えたところ、被告人は、既にガス漏れ検査をして異状がなかつたことから右山崎の話に不審をいだく一方ガスを使用していないにも拘らずガスのメーターが現に動いているとボイラーマンが話しているとの山崎勉の言葉が気に掛つたことなどから、再度ガス漏れ検査をしようと考え、同人に石けん水を作るよう指示し、同人と共に一階へ降りた。
9 ところで、そのころ、同ホテル一階フロアーにおける他の工事関係者の作業状況についてみるに、同所においては、前記松浦板金の作業員那須裕が同ホテル南西側機械室出入口前に電気熔接器用変流器一台を置き、同ホテル西側エレベーター前天井で右変流器からコードを引いた溶接ホルダーを使用して溶接作業をしており、そこからは熔接による火花が散つていた。また同ホテル北西側では、丸田組の作業員がジエツトヒーター(灯油を燃焼させて放熱デイスクを赤熱し赤外線(熱線)を放射させる器具)や電動ピツクを使用するなど火器類等を使用する作業がなされていたほか、富士左官工業、道東電設、松浦板金等の多数の作業員等がそれぞれの作業に従事していた。
第四罪となるべき事実
被告人は、前記のとおり、有限会社高橋配管工業所の配管工として、ガス配管設備工事等を施行する業務に従事していた者であるが、昭和五二年一二月二日午後二時三〇分ころ、前記経緯から網走市南二条西三丁目所在の網走セントラルホテル地下ピツト室において、先に行つたガス分岐配管(昭和五五年押第一七号の1はその一部)のガス漏れ検査をすべく、同ホテルのボイラーマンにプロパンガスの供給を開始するよう依頼し、同ピツト室南側の右分岐配管工事を施した部分のガス漏れ検査を実施したところ、右配管フランジの部分から多量にプロパンガスが漏出しているのを自ら発見し、このまま放置すれば漏出したプロパンガスが引火爆発する事故を起す危険があることを察知したのであるから、このような場合、右のような業務に従事する配管工としては、直ちに同ホテルボイラーマンに対し、ガス漏れの事実を告げ、ガスの元栓を閉めるなど漏出個所へのガスの供給を断つ処置をとるべく促してガスのこれ以上の漏出を防ぎ、火器類等火源となり得る機器を使用している作業員らに対しガス漏出の事実を告げてガス爆発の危険が生じていることを知らせるとともにその機器の使用を中止するよう声をかけてその危険の回避方注意を喚起し、爆発事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、自らは、ピツト室を出て、ピツト室内で使用していた作業燈への電流を断つべく、コード(作業燈のコードが差し込まれているピツト室内にあつたコードドラムから電源に通ずべきコード――当時一階フロアーの、別紙図一<1>のピツト入口の付近にあつたもう一つのコードドラムのコンセントに差し込まれていた。)を引き抜いたうえ、自ら前記ガスボンベ室に赴き、同所のガスボンベの四つの供給バルブ(別紙図二の<1><2><3><4>表示のもの)の開閉状況を確認し、開いていたバルブ(同<4>のバルブ)を閉めて右ボンベからのガス供給を断つたにとどまり、同ホテル一階フロアー部分で当時火器類等火源となり得る機器を使用して作業をしていた作業員らに対し、右のガス漏出によるガス爆発の危険発生の告知並びにその危険の回避方注意を喚起する措置を採らなかつた過失により、同日午後一時三五分ころから、同日午後二時二五分ころまでの間に漏出した約八・三三キログラムないし一〇・三三キログラムのプロパンガスが空気と混合希釈して拡散し、同ホテルに新設中のレストラン西側前床面の同ピツト出入口(別紙図一の<1>)から同ホテル一階フロアーに溢れ出、爆発限界内に達したプロパンガスが、同日午後三時五分ころ、前記のように那須裕ら他の作業員らが同所で使用していた電気熔接器、熔接ホルダー、ジエツトヒーター、電動ピツクのいずれかの火源に触れて引火し瞬時に右漏出プロパンガス全体の爆発を引き起こし、よつて、いずれもそのころ、同ホテル一階北側ロビーにおいて作業中の丸田組作業員柴田幸治(当時三八歳)を、左右二、三肋骨骨折、左脛骨腓骨骨折を伴う全身打撲により、同人と共に同所付近で作業中の丸田組作業員横山清松(当時五二歳)及び一階機械室で作業をしていた同ホテルボイラーマン金兵忠雄(当時四九歳)をいずれも頭蓋内出血の傷害により、それぞれ即死するに至らしめたほか、別紙負傷者一覧表記載のとおり、山崎勉(当時二一歳)ら一二名に対しそれぞれ傷害を負わせたものである。
第五証拠の標目(略)
第六当裁判所の判断
一 本件爆発事故の原因
弁護人は、本件爆発事故の原因について、「被告人が二回目のガス漏れ検査をした昭和五二年一二月二日午後二時三〇分ころ(以下時刻のみで表示する。)以後はガス漏れの事実はなく、プロパンガスの比重が一・五と空気よりも重いことを考え併せると、右時点から三五分の時間が経過した時点においてガスがピツト室から一階フロアーに溢出し、本件爆発事故が発生したという仕組の解明が不十分である。」旨述べて、本件ガス漏れと爆発事故との間の因果関係につき疑問を呈するので、以下この点を含め、本件爆発事故の原因について検討する。
判示第一の二から四、第三及び第四の事実に関する前掲各証拠を総合すると、
1 本件爆発による網走セントラルホテルの破損状況は、大略、一階床面を兼ねるピツト室天盤コンクリートがすべて抜け落ち、一階旧洗車場側の壁面は内側から外側に向つて倒壊し、右一階フロアー部分を中心に上階に至るまで、程度は低くなつていきつつも下から上方に向け各階床面が押し上げられるような形で破壊が及んでいること、
2 被告人が行つた、ガス分岐配管工事における前記フランジ部分の接合ミスによつて、本件爆発事故発生までにピツト室内に漏出したと考えられるプロパンガスの総量についてみるのに、まず漏出の時間帯は、<1>午後一時一五分ころからわずかの間(遅くとも被告人が第一回目のガス漏れ検査をした午後一時二〇分ころにはプロパンガスの供給は停止していた。)、<2>金兵忠雄が気相ラインのバルブを開いた一時三五分ころから、これを閉じた二時二五分ころまでの間及び<3>被告人が第二回目のガス漏れ検査をするため気相ラインを使つてガス供給をさせたわずかの間である。しかるに右のうち<1>、<3>を除く<2>が主なものであり右の時間帯に漏れたガス量は約八・三三キログラムないし一〇・三三キログラムであると推認されること〔10kg(気相ラインにおける1時間当りのガス供給量)×5/6(時間),12.4kg(気相ラインにおける1時間当りのガス供給量)×5/6(時間)〕、そして、右分量のプロパンガスが気化すると、その体積は約四・一六五ないし五・一六五立方メートルとなり〔8.33kg×2l×250倍×1/1000,10.33kg×2l×250倍×1/1000m3〕、右気化したプロパンガスが空気と混合希釈し、燃焼(爆発)限界の濃度(最下限濃度=二パーセントに達したときの体積は約二〇八・二五ないし、二五八・二五立方メートルとなり〔V(希釈ガス量m3)=V0(漏出ガス量kg)×100/x(ガス濃度)〕、また、漏出量一〇キログラムのプロパンガスの右燃焼(爆発限界内濃度三・二三パーセント、あるいは漏出量一二・四キログラムのプロパンガスの燃焼(爆発)限界内濃度四パーセントにおける体積はいずれも約一二九立方メートルとなつて、前記ピツト室の体積一二八・五五六立方メートルと対比し、右各濃度内のプロパンガスの体積はピツト室の体積を上回ることとなり、ピツト室の開口部から外部へ溢れ出ることとなること、
3 本件爆発事故当時、網走セントラルホテルのピツト室の一階フロアーへの開口部は、一階に新設中のレストラン西側前床面のそれ一か所(別紙図一<1>)だけであり、同所から九・七五メートルの位置で電気熔接器用変流器(同図<A>)、五・九メートルの位置で床面から約二メートルの高さの天井で熔接ホルダー(同図<B>)、一一・三メートルの位置でジエツトヒーター(同図<C>)、一四・五メートルの位置で電動ピツク(同図<D>)がそれぞれ使用されており(証拠略)、右電気熔接器用変流器に関しては、その接続端子部のスパークにより、熔接ホルダーに関しては、これより落下する熔接(断)火花により、ジエツトヒーターに関しては放熱デイスクの熱線により、電動ピツクに関しては床面コンクリート破壊に使用する際飛散する発熱コンクリート片などの熱により、いずれもプロパンガス燃焼(爆発)の火源となり得るものであつたこと。
4 プロパンガスの空気中における混合希釈、拡散は、ガス放出口の高さ、障害物の有無、付近の空気の流れ、漏出の経過時間等の諸要素により大きく左右されるものであるところ、本件ガスの漏出の時間は前記認定のごとく約五〇分間にわたつていたものであり、ガス漏出箇所のフランジはピツト室床面から九四センチメートルの高さにあつたこと、その付近に多くの管が配列されていることに加えて、被告人や山崎ら配管工のピツト室内への出入及び同室内での作業等プロパンガスが混合希釈、拡散しやすい状況が認められる反面、漏出したプロパンガスの量は前記のとおり多量であり、これが漏出したピツト室は鉄筋コンクリートで構築され、その開口部は前記のとおり一か所であつたほかは、ピツト室とエレベーター室などとの間にわずかの穴があつた位の閉鎖的構造であつたこと等プロパンガスの混合希釈、拡散がされにくい状況も認められ、さらに地階に位置するピツト室に漏れたプロパンガスの比重が一・五と空気より重いのに対し、火源となりうる火器類は、そのピツト室より上階に位置する一階フロアー部分に、しかも右開口部からも一定の距離を置いてあつたもので、このように漏れたガスの性質や、これと火器類との間隔をおいた位置関係をも併せ考えると、前記漏出したプロパンガスが空気と混合希釈、拡散してピツト開口部からホテル一階フロアーに溢出し、燃焼(爆発)限界濃度内に至つた部分が、一階フロアーで当時使用されていた火器類のいずれかに触れて引火するに至るまで相当の時間(本件では漏出停止後三五分位後に爆発)を要したとしても不合理な点はなく、これらの事実を総合すれば、本件爆発事故は、前記のとおり漏出したプロパンガスが右ホテル一階フロアー部分で当時使用されていた火器類またはこれから発する火花などの火源のいずれかに接触引火して生じたものであると認めるのが相当である。
二 被告人の過失責任
1 被告人の配管工としての業務上過失責任
(一) 注意義務の根拠
被告人は前記のとおり、経験を積んだ配管工として他の配管工を事実上指揮、監督しつつ、本件プロパンガス配管の分岐工事にたずさわつたものである。プロパンガスは本来可燃爆発性を有し、その爆発の結果はしばしば人身等に重大な危害を及ぼす危険性の高い物質であることは周知の事実であり、これを供給するための配管の業務は、そういう危険性を伴つた業務である。このような危険性を伴う業務に従事する者は、その業務の過程において、その危険回避のために、必要にして可能な注意を用いて、その危険を予見し、これを回避するのに適切であつて可能な措置をとる負担、即ち業務上の注意義務(一般の注意義務より重い)を負わねばならない。
(二) 予見可能性
右のような危険回避措置をとるべき負担も、その危険を予見する可能性がなくして予見しなかつた者に対してまで負わせることはできない。危険に対する予見可能性の存在は過失の要件である。この点につき弁護人は、「被告人には、ガス漏れの事実の認識はあつたが、その漏出量が爆発の危険を有するまでのものに達していたとの認識はなく、またこれを認識する能力もなかつたから本件爆発について予見可能性を欠いていた。」旨主張するので検討すると、本件爆発当日の作業状況等及び罪となるべき事実に関する前掲各証拠によれば、
<1>本件ガス配管工事は、六階建ホテルの六階厨房にプロパンガスを供給するために従来使用されていたガス管から、一階に増設される厨房にも配給するためになされた業務用の大型ガス管の分岐配管工事であり、そのフランジ部分からのプロパンガス漏出であること、<2>被告人がガス漏れを発見して検査をする気になつたのも、山崎勉から、「ボイラーマンが、『ガスを使用していないのにガスのメーターが動いている。』と話していた。」旨言われて再度ガス漏れ検査をする必要があると考えたことによるものであること、<3>右検査のためピツト室へ行つた際、同室において、被告人自身、第一回目のガス漏れ検査のために同室に入つたときよりかなり強いガス臭を感じたこと、<4>同所で二度目のガス漏れ検査を行つたところ、直径六センチメートルもある太いガス管の分岐工事をしたフランジ部分から、プロパンガスが勢いよく噴出しているのを発見認知したこと、<5>右漏出個所が、当日の午前中、他の配管工に手伝わせながらも、自ら作業をしたフランジの部分であり、右作業の後は、その部分に手を触れていない(一回目のガス漏れ検査をしているが、これがその部分にガス漏出原因を造り出すようなものでなかつたことは明白である。)うえ、当日午後一時ころからは六階厨房でガスを使う旨聞いていたので、右作業終了(当日午後零時半ころ)直後に、被告人自ら、同ホテルのボイラーマン立石英雄との受け答えの中で「右作業が終了したのでガスを使用してよい。」旨答え、これに基づいて即座に右立石の指示を受けたもう一人のボイラーマン金兵忠雄がボンベ室へガスの栓を開けるためにその場から出て行つたのを目撃したこと、そしてそのために、食事から帰つてきて第一回目のガス漏れ検査をする際、既にガスは通つているものと思い込んで、ボイラーマンにガスが通つているかどうかを確かめないまま右検査をしたこと、フランジからのガス漏出がわかつてガスの元栓を閉めてから右部分をばらしてみた際、パツキングがフランジからずれていることが漏出の原因であると認知したことに徴すれば、右ガス漏出が、午前中の作業終了後被告人の右立石に対する右言に基づいて金兵がガスを通しに行つたことから続いているとの認識を持ちえたはずであること、<6>昼食をすませ午後の作業のため一階から五階へ行くエレベーターの中でガス臭を感じていること(被告人はピツト室とエレベーター室とが通じているとの認識のもとに、午前中に分岐配管工事をした際、元栓をとめてもガス管の中に残留していた分が漏出し、エレベーターの中まで臭つたものと軽信した。)、<7>被告人は一階の各所で火器類が使用されていることを知つていたこと、<8>右ガス漏れを発見するや、直ちにボンベ室へ行きガスの元栓を閉めたこと、しかもその途中、ピツト室内で使用していた作業燈の熱から引火してはいけないと考えて右作業燈のコードのソケツトが差し込まれているコードドラム(ピツト室内の、被告人らが出入していた開口部付近に置いてあつたもの)の電源に通ずべきコード(当時、一階フロアーの右ピツト開口部付近に置かれていたもう一つのコードドラムのコンセントに差し込まれていた。)を引き抜いたこと等の事実が認められ、これらの事実によれば、被告人は、フランジからガスが漏出しているのを発見した時点あるいは遅くともフランジパツキングのいずれが漏出の原因であると認知した時点で、既に相当多量のプロパンガスが漏出していたことを容易に認識しうる状況に置かれていたし、これを一階フロアーで使用されていた何らかの火源に触れて爆発するに至るかもしれないことを予見することは可能(業務上過失致傷罪の要件として論じられる予見可能性そしてまた回避可能性は、本来人身に対する死傷の結果についてのそれを問題とするものであるが、本件ではプロパンガスが引火爆発すれば、付近の人身に対し死傷の結果が生ずる危険は極めて高い状況にあつたことは明白であり、公訴事実の過失の態様も「爆発の回避」を中心に構成され、当事者の争いもその点でなされているので、以下漏出プロパンガスの爆発という危険の予見可能性、回避可能性を問題とする。)であつた(現に被告人はピツト室内の作業燈の熱による引火爆発は予見した)ものと認められ、この点についての弁護人の前記主張は採用できない。
(三) 注意義務の内容――漏出プロパンガスの爆発回避のために取るべき措置
プロパンガスの引火による爆発は、空気と混合希釈して爆発(燃焼)限界(濃度)に達したプロパンガスが、これを燃焼爆発させるに足る力をもつた火源に触れて生ずるものであり、従つて、(1)そのようなプロパンガスの不存在、(2)そのような火源の不存在、(3)両者の接触を防ぐことの三つのうちどれか一つの条件を造り出せれば右爆発は生じないこととなるわけであるから、ガス管からプロパンガスが漏出した場合にその爆発を回避する方途も、一般的には、<1>プロパンガスの供給を断つか漏出個所をふさいで可及的すみやかにそれ以上のガスの漏出を阻止すると同時に漏出したガスを除去すること(科学的により正確に表現しようとすれば、爆発濃度でなくすればよいことになろうが、様々の条件によつて希釈の度合、程度、分布が左右され、しかも時間とともに変動することなどから、実際の場に当たつて爆発濃度内か否かを正確に把握するには少なくとも相応の器具、技能を有していなければ到底不可能なことと言わねばならず、爆発しやすい性質とその危険の重大性にかんがみ、そして配管工としての被告人の注意義務として問題にするのであるから右の程度の内容としてとらえざるをえないものと考えられる。このことは次の火源の点についても同様である。)、<2>漏出場所付近の火気を断つこと、<3>漏出ガスと火気の間に何らかの障壁を設けて両者の接触を阻止すること(この点は公訴事実で問題とされていないので以下において考慮する必要がない。)が考えられるところである。
検察官は、本件において右のうち漏出ガスの除去と付近における火器類の使用を中止させる義務を主たる注意義務として例示し、これらに違反したことを過失の内容として公訴事実を構成し、弁護人は、漏出ガスの除去には爆発の危険が伴ない、高度の技術を要するところ、被告人にはそのような技術はなかつたし、火器類の使用を中止させるとの点は被告人にそのような権限がなかつたからこれらはいずれも被告人の注意義務とすることはできないとして争つている。
そこで被告人の注意義務の内容について検討するのに、被告人は前記のとおり配管工として本件プロパンガスの分岐配管工事に従事し、自らの業務の過程で、いわば自らの手でプロパンガス漏出の原因を造り出し、そして担当業務者として右ガス漏出の事実、漏出の個所及び状況を最初に確認した者であるからその爆発を回避するために、(イ)本件プロパンガスの漏出個所と漏出状況、そして被告人の技能からしてそこへのガスの供給を断たないまま即時に漏出個所をふさぐことは困難であつたと認められるので、まず右漏出個所へのガスの供給を断つことが必要となるところ、網走セントラルホテルの前記ガス供給系統並びにその操作に特別な知識が要求されることにかんがみ、同ホテルである程度右知識を有し、右業務を担当しているボイラーマン(ボイラーマンがその業務を担当していることは被告人も知つていた。)に対し、ガス供給停止を求め、これによつてそれ以上のプロパンガスの漏出を防ぎ(ただし、判示のようにこの点の注意義務懈怠はなかつた)、(ロ)付近の火源を断つという点では、前記のとおり、当時同ホテル一階フロアーで火器類が使用されており、被告人はそのことを認知していて、漏出ガスのこれら火器類からの引火爆発の予見可能性があつたのであるから、右火器類を使用している作業員らに対し、その作業中止を命令する権限はないとしても、ガス漏出の事実を告げて爆発の危険が生じていることを知らせるとともに、その機器使用を中止するよう声をかけるなどしてその危険の回避方注意を喚起し、右作業員らの自主的な引火防止のための措置を促すことは被告人にとつても容易であつたばかりでなく、かかる措置を講ずれば、本件爆発事故は回避可能であつたと認められ、被告人には少くともこれらの回避措置をとることが要求されていたものと言わなければならない。
なお、被告人の知識、技能等からみて、地下ピツト室という閉鎖的構造の場所に相当多量に漏出したプロパンガスを排除する措置を講ずることまで要求することはできないと考えられるのでこの点は弁護人の主張を採用した。
(四) 注意義務の懈怠
そこで、再度被告人が前記ガス漏れを発見した時点及びそれ以後にとつた行動につき検討してみるのに、判示第三及び第四の事実に関する前掲各証拠によれば、被告人は、ガス漏れを確認するやボンベ室へ行き、ガスの元栓を閉鎖してプロパンガスの供給をとめるなどしたほか、山崎勉に指示してスパナを持参させ、ピツト室内でフランジのボルトを緩めてパツキングを取り出し、これが楕円形に作られ、しかも少しずれてセツトされていたためにガス漏れが生じたことを確認し、山崎に対してパツキングの取替修理とその後のガス漏れ検査を指示して五階に上り、同所で冷却水の配管工事を、さらに六階厨房で冷蔵庫移動作業に従事していたものであつて、その間右(三)(ロ)が要求される行為には全く出なかつたことが認められ、かかる被告人の右(三)(ロ)で要求される行為に出なかつた態度は、まさに本件において被告人に課せられたその注意義務の懈怠と評価するのが相当である。
2 工事監督者等の過失と被告人の過失責任
また弁護人は、「前記高橋浩、八代栄二及び小岩清治の本件ガス分岐配管工事を含む同ホテル増改築工事の監督責任者としての任務の各懈怠や、ガス供給系統の異状に気付きながらガスの供給をした同ホテルボイラーマンの責任」を挙げ、「これらの者に対し追及し得べき過失責任を考慮すると被告人には、本件事故につき過失責任はなく、また仮りにこれ有りとしても、これらの者を起訴せず、被告人のみについて本件公訴を提起したこととの間には著しい不公平があり、検察官の被告人に対する本件公訴提起は、その訴追裁量権を逸脱したものであつて、本件公訴は棄却されるべきである。」旨主張する。しかしながら、本件公訴は、前記のとおり、被告人の配管工として自ら担当した工事による爆発事故について、本件配管工事から爆発に至るまでの間に被告人が認識し、認識しえた状況下においてとつた態度について刑事責任を求めているものであり、しかも、これにつき前記説示したとおり被告人には、過失責任が認められるのであつて、弁護人主張の者らの責任の存在によつて被告人の過失責任が阻却されるということにはならないまた、前記認定したごとき同ホテル増改築工事の規模、態様に加えて、本件ガス分岐配管工事における被告人の地位、右工事関与の程度、ガス漏れを発見してから被告人がとつた具体的行動、本件事故の結果等諸般の事情を考慮すれば、被告人に対する本件公訴の提起をもつて、検察官の訴追裁量権の範囲を逸脱したものであるとは認められない。この点に関する弁護人の主張は、いずれも理由がない。
第七法令の適用
被告人の判示所為はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右は一個の行為で一五個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い柴田幸治に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用のうち証人立石英雄(ただし、第三回公判出頭分のみ)、同山崎勉、同高橋健一、同高橋浩、同高橋豊彦及び同前田敏彦に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。
第八量刑の理由
本件は、網走セントラルホテル増改築工事の一環として、同ホテルの業務用ガス配管の分岐配管工事を担当した被告人が、フランジの接合ミスから多量のプロパンガスを漏出させ、これを自ら確認しながら、特段の理由もなく、ガスの元栓を閉じる措置はとつたものの、同ホテル一階フロアーでガス爆発の火源となりうる判示認定にかかる火器類を使用していた作業員らに対してガス漏出の事実を告げて火器類の使用の中止等引火防止の措置をとるよう注意を喚起しなかつた業務上の過失により、右作業員らがそのまま右機器を使用し、そのいずれかが火源となつて本件爆発事故が発生し、その結果死者三名、重軽傷者一二名と多くの犠牲者を生じさせた事案であつて、その犯行に至る経緯、過失の態様、結果、罪質等諸般の事情、特に本件ガス漏れ自体が、被告人の指示に基づき阿部茂次の作つた正円形に切られていないパツキングを被告人自身使用し、フランジの気密性が保たれるよう確実にパツキングが入れられているか否か確認しないままフランジのボルトを締めて接合したという極めて弛緩した作業態度に起因するものであつて、その過失は、判示のとおり被告人自らの工事ミスによつて生じたガス漏れを確認しながら他の作業員らに声をかけるなどして爆発の危険の回避方注意を喚起するという非常に容易な、配管工として業務上要求される最も基本的、初歩的な注意義務に違反したものであり、その結果、尊い三名の人命を瞬時に断つたほか、事故後二年半もの長時間加療を余儀なくされた者、後遺症により現在でも肉体的精神的に不自由な生活を送つている者など極めて悲惨な結果を招来させたものでその被害者本人はもとより遺族、家族に与えた物心両面の苦痛は大きく、又ホテル自体や付近住民に与えた恐怖感も無視できないことを併せ考えると被告人の刑事責任は重いものと言わなければならない。
しかしながら、ひるがえつて本件事故を検討してみるに被告人は、右ホテル増改築工事という多数の業者が競合して同時に作業を進行する大規模な工事の中の、ガス配管工事に従事した現場の配管工といういわば末端の地位にあり、右工事に当たつて本来被告人らを含めて工事に従事している作業員を監督し、大規模安全性確保の任に当たるべき本工事請負会社における監督責任者らが現に選任されておりながら、その者達が自らの職責を十分はたしていたか否か疑問であり右工事全体に本件爆発事故を誘発するような作業環境がなかつたとは言えず、この点からすると本件事故の全責任を一人被告人のみに負わせることは躊躇せざるを得ないこと、被告人は、本件事故につき過失の存在を争つているとはいえ自分の手がけた工事から重大な結果が生じたことを深く反省していること、また被告人には前科、前歴全くなく、これまで配管工として真面目に生活してきていること等被告人に有利な又は同情すべき事情も認められるので、その他本件に現れた被告人の年齢、家庭状況等諸般の情状をも総合勘案し、被告人を直ちに実刑に処するよりは、今回に限り相当期間その刑の執行を猶予し、自力更生の途を与えるのを相当と認め、主文のとおり判決する。
(裁判官 中野久利 菊池光紘 高麗邦彦)
負傷者一覧表(略)
図一 網走セントラルホテル1階フロアー平面及びピット平面概略図<省略>
図二 プロパンガス供給系統図<省略>